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宮古の御嶽(うたき)。最初と最後に訪ねる「漲水御嶽」

宮古の御嶽(うたき)。最初と最後に訪ねる「漲水御嶽」
宮古には御嶽(うたき)が数多くありますが、そもそも沖縄地方で「御嶽(うたき)」は神様が降りてくる神聖な場所です。むやみに足を踏み入れて、現地の人々の信仰を害したくはないですよね。

 

もともと御嶽は、神様の声を聴くことができる女性が訪れ、拝むものとされてきました。沖縄では屋敷拝みなどもあり、年中行事も盛んですが、その中心は男性ではなく女性です。

 

そのため、宮古の御嶽の多くも男性や外部の人々が、むやみに立ち入ることはタブーとされてきて、それは現代でも続いています。

 

そんな宮古の御嶽ですが、唯一、観光客でも立ち入ることができる「オープン」な御嶽が、宮古港近くの「漲水御嶽」です。

 

そこで今回は、宮古島の御嶽で観光客も訪れたい、漲水御嶽についてお伝えします。

 


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宮古島の御嶽(うたき)。
最初と最後に訪ねる「漲水御嶽」

 

平良港近く、西里の漲水御嶽


漲水御嶽は平良港のすぐ近くに鎮座し、十月には五穀豊穣を祈願する「世乞イ(ゆーくい)」、十二月には「解キ願い(ふとぅきねがい)」など、他にもいくつかの御願の年中行事が行われています。

 

【 宮古の御嶽、八重山で最も格式の高い霊場 】

 

★ 観光客でも立ち入ることができることから、カジュアルなイメージがありますが、実際には宮古で、最も格式の高い拝所とも言われています。

 

・ 宮古の漲水御嶽は宮古島創造の神である、恋角(コイカド)・恋玉(コイタマ)が降りてくる場所です。二柱はこの地へ舞い降りてあらゆるものを創造し、天へ帰って行きました。

 

恋角・恋玉の二柱が舞い降りた地の周りに人々は石を積み、拝むようになったのです。これが平良市西里の漲水御嶽となります。

 

 

漲水御嶽のもうひとつの伝説


この恋角・恋玉の宮古創造の伝説から数百年も経った頃の、もうひとつの漲水御嶽の神様に関わる伝説があります。

 

【 宮古の御嶽、漲水御嶽の白蛇神話 】

 

★ 平良の村に住むある少女の家には、ある日から青年が毎晩訪れるようになります。いつしか少女はその青年と恋仲になり、家族には内緒で会うようになりました。

 

・ それを知った家族は娘に言い伝え、娘は青年の髪に長い糸を付けた針を刺します。青年が帰った後に糸を辿ってみると、辿り着いた先は漲水御嶽の洞窟だったのです。

 

娘が洞窟まで行くと、なかには白蛇がいました。青年は漲水御嶽の白蛇で、正しく宮古創造の神である恋角でした。

 

恋角は娘に言います。「お前はこれから三人の子どもを産む。この子らが三歳になる頃、三人の子を連れて漲水御嶽へ参りなさい。」

 

このようにして娘は三人の子を産み、三歳になると漲水御嶽へ参りました。そこで子ども達は神様の元へ行き、漲水御嶽の守護神になったと言う伝説です。

 

 

古事記にもある「白蛇神話」


実はこのような白蛇が青年となって、娘に子どもを身ごもらせる神話は、古事記や日本書紀にもあり、古事記では白蛇が大物主となっています。

 

【 宮古の御嶽、白蛇神話から分かること 】

 

★ 三輪の白蛇神話では、白蛇となった大物主神と三輪山の姫が結婚し、姫に懇願されて姿を見せるも姫に驚かれ、それを恥じた大物主神が三輪山へ帰ってしまいます。

 

・ これらの「白蛇神話」が宮古の御嶽にもあることから、当時の宮古にも白蛇信仰(白蛇を神の化身とする信仰)が見て取れるのです。

 

 

宮古の漲水御嶽の歴史


この宮古の漲水御嶽ですが、建設したのは16世紀初葉、仲宗根豊見親玄雅(なかそねとぅゆみゃげんが)です。

 

漲水御嶽のすぐ近く、こちらも宮古に観光に訪れたならぜひ訪ねたい、宮古最大のお墓でもある「仲宗根豊見親の墓(なかそねとぅゆみゃのはか)」があります。

 

【 宮古の漲水御嶽の創設 】

 

★ 当時、石垣の豪族であった遠弥計赤蜂(オヤケアカハチ)が琉球王国の尚真王へ反乱を起こした「オヤケアカハチの乱」に、中山軍の先鋒として参加しました。

 

・ この時に、勝利を祈願したのが宮古の漲水御嶽です。仲宗根豊見親は祈願の際に、このオヤケアカハチの乱で勝利をしたら、漲水御嶽を整備するとしました。

 

かくしてオヤケアカハチの乱に勝利した仲宗根豊見親は、漲水御嶽を整備し奉納したのです。

 

 

宮古の漲水御嶽、参拝の注意点


宮古の漲水御嶽は、現在でも多くの地元の人々が拝みを捧げる、神聖な拝所、確かに多くの御嶽のなかでもオープンな拝所ですが、外部から来た者として自覚を持って参ってください。

 

【 宮古の漲水御嶽を訪れたら… 】

 

★ まず、地元の方々が御嶽で拝みを捧げていたら、門の外へ出て待ち、決して邪魔にならないような配慮が必要です。

 

・ 鳥居がありますので、鳥居の前で一礼して入ります。門の前でも一礼しますが、拝む時には神社のように柏手を打つ必要はありません。むやみにチャイムを鳴らす必要はないのです。

 

さらに鳥居から出る時にも振り返り、また一礼をします。御嶽内では私語はできるだけ慎み、悪口などはもってのほか!と考えてください。

 

 

 

いかがでしたでしょうか、今回は唯一立ち入ることが許されているオープンな宮古の御嶽、漲水御嶽をお伝えしました。漲水御嶽の神様は確かにオープンな特徴がありますが、格式の高い霊場であることは、ご理解いただけたのではないでしょうか。

 

反対に観光で宮古の地へ訪れたなら、漲水御嶽を訪れてご挨拶をすることをおすすめします。漲水御嶽の神様へ自己紹介をして、宮古島へ訪れた目的を伝えれば、島での旅を守ってくれるはずです。

 

漲水御嶽は平良港のすぐ近くでもあるため、繁華街近くにあり、環境的にも訪れやすい拝所です。そのすぐ奥には目黒盛豊見親を祀る宮古神社もあります。

 

本文中でお伝えした仲宗根豊見親の墓の他、その奥にはアントマ墓と、訪れたい史跡が集まっている場所でもあるので、ぜひ散策をしてみてはいかがでしょうか。

 

 

まとめ

まず挨拶したい漲水御嶽とは

・宮古島の創世神話が残る漲水御嶽
・白蛇が化身となる白蛇神話も残る
・白蛇信仰は古事記などでも見られる
・仲宗根豊見親が漲水御嶽を整備・奉納した
・他の人の拝みを妨げないように参る
・旅の最初と最後に挨拶したい御嶽

 


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