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観音様は子どもの守護神☆観音巡り8つの拝所

観音様は子どもの守護神☆観音巡り8つの拝所

沖縄では観音様は、子どもの守り神ですよね。子どもが病気になった時、心配な時…、観音様へ拝みを捧げる家庭もあります。

 

床の間に観音様の掛け軸などを祀っている家庭では、毎年一月・五月・九月の十八日に行うのが、観音様の御願です。

 

これだけでも充分ですが、家庭によっては、もしくは祈願の内容によっては、観音様を参拝したり、「観音巡り」の御願を行うこともあります。

 

子どもに関する心配事があれば、観音巡りをして、少しでも想いを届けたいですよね。

 

そこで今日は、沖縄では子どもの守り神として拝まれる、観音様を巡る「観音巡り」、多くの観音様のなかから八つの拝所(うがんじゅ)をお伝えします。

 


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観音様は子どもの守護神☆
観音巡り8つの拝所

 

鏡水のミーヌシン


「儀間村の観音堂」として親しまれてきた観音堂が、鏡水のミーヌシンです。

 

【 鏡水の観音様、ミーヌシン 】

 

☆ 現在では霊石である「ビジュル」を祀ったガマとされていますが、もともとは聖観音を祀っていた観音堂でした。

 

・ …ただ一時期アメリカ軍基地になっており、現在では陸上自衛隊基地の敷地内にあります。そのため、基地で受付をして進まなければなりません。

 

戦時期は兵士の帰還を願う拝所でしたが、今では安産・子育ての拝所(うがんじゅ)として有名です。

 

 

首里観音堂


沖縄県那覇市首里、都ホテル近くにあるのが首里観音堂となります。

 

【 首里の観音様、首里観音堂 】

 

☆ 首里の観音様、首里観音堂と言えば、航海祈願や旅御願(旅の安全への祈願)で有名ですが、家内安全や健康祈願でも参拝します。

 

・ 「首里十二か所巡り」には必ず数えられる有名な観音様で、干支の守り本尊(子・丑・寅・辰・巳・午)です。

 

1618年の建立とされ、人質に囚われた尚豊公(しょうほうこう)の帰還を願って、尚久公(しょうきゅうこう=父)が建てたと言われています。

 

 

奥武観音堂


奥武島(おうじま)にある奥武観音堂(おうかんのんどう)は、奥武島では長く信仰されてきた観音様です。

 

【 奥武島の観音様、奥武観音堂 】

 

☆ もともとは漂流した中国の船の乗組員が、島でおもてなしを受け無事に帰還した後に、金色の観音様を贈ったことが始まりとされています。

 

・ この金色の観音様は戦前まで大切に祀られてきました。けれども今はその姿はなく、陶で作られた観音様となっています。

 

島の守護神として信仰されてきた奥武の観音様は、毎年ハーリーで御願を行うのが恒例です。

 

 

宮城のカミヤーグァ


宮城のカミヤーグァは、「宮城御殿(ナーグスクドゥン)」、「クァンニン」などとも呼ばれる、うるま市与那城宮城の観音堂です。

 

【 うるま市与那城の観音様、カミヤーグァ 】

 

☆ カミヤーグァは宮城区民の子ども達の守り神…、病弱な子どもや問題のある子ども(親との相性が悪いとされます。)がいると拝みにきます。

 

・ 宮城の守護神の向かって左にヒヌカンが祀られ、右にカミヤーグァが祀られますが、実は以前に盗難にあってしまいました。

 

それでも今でも旧暦一月には「クァンニンの拝み」行事が行われ、家内安全や子どもや家族の健康祈願が行われます。

 

 

嘉手刈の観音堂


おなじくうるま市でも石川地域の観音様がいらっしゃる拝所が、嘉手刈の観音堂です。

 

【 石川の観音様、嘉手刈の観音堂 】

 

☆ もともとはとある僧侶が金武の海岸(福花=ふっか)に漂着し、建立された観音様だとか…、災害に遭遇する度に移されて、嘉手刈に落ち着きました。

 

・ 観音菩薩と如来像が祀られ、沖縄の旧暦九月に行われる拝み行事、「カミウガミ(神拝み)」で巡る拝所のひとつにもなっています。

 

 

伊是名の観音堂


伊是名地域の観音様は、伊是名原の岬にある「伊是名の観音堂」に祀られています。

 

【 伊是名の観音様、伊是名の観音堂 】

 

☆ 伊是名の観音様は観音様の権現のなかでも、多岐に渡る願いを叶える千手観音様です。

 

・ もともとはヒジュル(霊石)でしたが、1988年に千手観音様を祀るようになりました。

 

伊是名村では旧暦2・5月にこの観音様への拝み行事があります。

 

 

久志の観音堂


沖縄県内で唯一、沖縄戦での被害の逃れ残された石像の観音様が残されているのが、名護市にある久志の観音堂とされています。

 

【 名護市の観音様、久志の観音堂 】

 

☆ 今ではそれぞれの家庭での拝み行事が中心になりましたが、つい最近(30年前後前)までは、一月・九月の集落の拝み行事が見られました。

 

・ 一月の「ハチウガミ(初拝み)」では、集落の主婦が集まり拝み、九月の観音様の拝みでは、その年に産まれた子ども達の健康をノロが拝みました。

 

戦後しばらくは、ノロや神女による拝み行事があったものの、最後のノロが亡くなった1983年以降は、個々の拝み行事へと変化していったようです。

 

 

喜名の観音堂


金武の観音堂より観音様の霊を分霊してもらい(勧請かんじょう)、祀られた観音様が喜名の観音様です。

 

【 読谷村喜名の観音様、喜名の観音堂 】

 

☆ …ただ、こちらの観音様は戦後にいつの間にか無くなってしまい、今ではお堂のみが残されています。

 

・ けれどもお堂に今でも観音様は残っているとされ、毎年旧暦9月18日には地域の拝み行事が営まれています。

 

 

 

いかがでしたでしょうか、今日は観音様を巡る拝み行事、「観音巡り」で立ち寄ることの多い、本島など8箇所の観音様の拝所をお伝えしました。

 

最後の喜名の観音様は千手観音様で、同じ境内には「トゥーティークン」と沖縄で呼ばれる関帝公も祀られています。(こちらも戦後のさなかに像は無くなってしまいました。)

 

どれも沖縄戦のさなかや戦後で、失われたものも多い観音様ですが、今でも旧暦九月十八日の観音様の拝みでは、多くの地域から拝みに訪れます。

 

 

まとめ

沖縄本島、八か所の観音様

・鏡水のミーヌシン
・首里観音堂
・奥武観音堂
・宮城のカミヤーグァ
・嘉手刈の観音堂
・伊是名の観音堂
・久志の観音堂
・喜名の観音堂

 


お墓の引越し、改葬・墓じまい


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