沖縄のお墓は大きいだけじゃない。死生観に繋がる特徴とは
沖縄のお墓は大きいことで有名ですよね。糸満市の幸地腹・赤比儀腹両門中墓などは現在も使われているお墓ながら、観光スポットのひとつとしても知られるようになりました。
沖縄のお墓が大きいのは、その昔「風葬」(一部では「空葬」とも言います。)の歴史があったためで、その昔の名残りを残したまま、半分山に入り同化しているようなお墓も見受けられます。
沖縄で比較的多いお墓、大きい亀甲墓が半分山に入って何基が集まる様子は、日本の他の県ではまず見られず、現役のお墓でありながら荘厳さまで感じる方もいるのではないでしょうか。
そこで今回は、このようにとても興味深い、独特な形状をした沖縄のお墓、大きい理由とともにその歴史から、沖縄に根付く死生観や考え方を紐解いて行きます。
さまざまな考え方がありますが、ひとつの物語として参考にしてみてください。
沖縄のお墓は大きいだけじゃない。
死生観に繋がる特徴とは
沖縄のお墓が大きい理由
沖縄のお墓が大きい理由は、冒頭でお伝えしたように「風葬」の歴史の名残りです。沖縄ではその昔、棺に遺体を入れて風化させていましたが、それよりも昔には、遺体のまわりに石を積み上げていました。
【 沖縄のお墓、大きい理由となる歴史 】
★ その昔の沖縄では、集落の裏山などに遺体を安置して風化させていた様子もあります。このような山は死後(後生=グソー)の山として、「後生山(グソー山・グショウ山)」とも言いました。
・ 岩などの上に置いていた形跡もあり、完全に風化する7年以内に骨を洗う「洗骨」を施して、厨子甕(ずしがめ)に入れ、改葬しました。ただ、同じ沖縄でも地域や家によって、その風習は変わることも多いです。
沖縄本島ではありませんが、宮古島には古い墓石跡の「ミャーカ」があります。墓石跡と言っても大きな岩群が多く、その岩の上に遺体を置いて風化させていたとのことです。
昔の沖縄のお墓の、大きい厨子甕
沖縄のお墓が大きいだけではなく、骨壺も大きなものでした。今では火葬なので骨壺も小さくなり、本州の骨壺を利用する家が多くなりましたが、その昔には「厨子甕(ずしがめ)」が用いられていました。
ちなみにこの厨子甕は沖縄では「ジーシガーミ」と呼んでいます。火葬をしなかっただけではなく、夫婦など複数で入る骨壺も多かったため、本州のものと比べると大分大きいのが特徴です。
【 沖縄のお墓だけじゃない、大きい厨子甕 】
★ 厨子甕には板厨子や石厨子など、さまざまな形や分類がありますが、その側面には「魂の入り口」がありました。
・ 本来骨壺は飾るものではないのですが、イギリスの日本文化の研究家(バジル・ホール・チェンバレン)などに芸術的価値を評価され、また、宗教哲学者の柳宗悦、陶芸家の濱田庄司などにより、芸術文化として広がります。
今ではすっかり少なくなりましたが、厨子甕を製作している陶工も残っていて、近年では芸術的なインテリアとして飾る人もいるほどです。また、本来の骨壺としても使用できるよう、小さい厨子甕も作られるようになっています。
風葬と洗骨に見られる、死生観
沖縄のお墓は大きい本墓に、棺に入れた洗骨前の遺体を安置する場所を設ける(これを「シルヒラシ」と言います。)単墓、本墓とは別に、敷地内に風葬のための祠がある両墓など、さまざまです。
もちろん今では火葬なのですが、両墓の場合には現在でも、一度葬儀の後に納骨し、数年後に本墓へ改葬(移動)する儀礼も残されてきました。
【 沖縄の大きいお墓、シルヒラシの門番 】
★ また、「シルヒラシ」はお墓の入り口近くにあるのですが、洗骨されていない故人を「新人」として、「新人はお墓の番をするために」入り口近くに安置される、とも言い伝えられています。
・ 後生山(グソー山)に安置していた風葬時代の昔には、一部の地域では毎日故人の様子を見に行く習慣もあったようです。遺体が朽ちていく過程で、人はだんだんと死後の世界へと隔たり、神(祖霊)となると考えられてきました。
仏教でも宗派によっては三十三回忌で一区切りつきますが、今では沖縄でも三十三年忌が祖霊となる区切りとされています。
沖縄の英雄が葬られた墓所は、神職が拝みを捧げる御嶽になっている例も多いなど、沖縄では本州以上に祖霊信仰が強い地域ではないでしょうか。
いかがでしたでしょうか、今回は沖縄の大きいお墓に見られる、地元の人々の死生観や、暮らし方を感じ取れる事柄をいくつかお伝えしました。
風葬をしていた時代、洗骨は門中の女性の役割でした。沖縄本島では7年以内に洗骨をする習わしがありましたが、久高島では12年に1度、洗骨を行ったとされています。
ただ宮古島では洗骨を行わず、風葬のみだったと言う記録もあるなど、地域によっても詳しく調べて行くと、違う風習もあったようです。
沖縄ではお墓が大きいことはもちろん、葬儀の日にそのまま納骨を行い、翌日の朝にはお墓参りをする風習もあります。これをナーチャミーと言いますが、今ではすっかり少なくなったものの、その昔は初七日まで毎日お墓参りを行っていました。
このように沖縄はお墓が大きいだけではなく、そこから紐解くさまざまな習慣が興味深く、人々の死生観や暮らしを感じ取ることができるのです。
まとめ
お墓だけではない、沖縄の葬送の特徴とは
・沖縄には風葬の歴史があった
・集落の近くに風葬の山「後生山」もあった
・骨を納める厨子甕は芸術的価値の評価がある
・夫婦でひとつの厨子甕に入る事も多かった
・厨子甕には「魂の入り口」があった
・洗骨までの数年は「新人」として門番をした
・長い年月を掛けて故人は祖霊(神)となる